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選挙のたびに行われるビラ配り。毎回思うが、無理やり渡そうとするのはいかがなものか。

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選挙で一票を獲得するのは難しいものだ。候補者それぞれが一票に泣き、一票に笑う。たった一票を獲得するために、候補者、そしてその支援者達が奔走しているわけだが、この前、選挙関連で少し不愉快なことがあったので、書き記そうと思う。

選挙という騒音、そしてその弊害

選挙前といえば、住宅街、特に駅前が騒がしいものだ。特に大音量でつまらない主張を垂れ流す選挙カーにはいい加減辟易しているが、この前僕が駅から帰宅する途中の道で、選挙のビラ配りをしていると思われる人々が数人待ち構えていた。

僕は「ああ、またか。うるさい時期がやってきたものだな」と少し苛立たしさを感じながらも彼らの間をすり抜けようとすると、最初の一人が無理やりビラを渡そうとしてきて、それを無視してもまた一人、また一人とビラを渡そうとしてきて、合計5人がじっと巣で虫を待ち構える蜘蛛のように捕らえようとしてきた。

捕らえようとしてきた、というのは少々言い過ぎたが、全く彼らに目を合わせようとしない、帰宅途中の疲れた様子の人間に選挙候補者のアピールをしようとしても、全く甲斐がないのではないか、と思う。

 

もちろん、彼らはそれが仕事だということは承知している。少しでも候補者の演説の機会を増やし、少しでも有権者と握手をし、少しでもビラを配って、候補者の名前を知ってもらうためにやっているのであって、ビラ配りをしている人々に罪はない。帰宅途中で疲れていたとはいえ、幾分失礼な態度を取ってしまったことは反省している。

しかし、最初から自分達に興味のない人間に存在を知ってもらおうとするとするのは、明らかに戦略として間違っている。数打てば当たる、という問題ではないし、むしろ、不快な思いをした人々が周囲に拡散する可能性が極めて高い。これは社会の様々な分野で言えることだが、ターゲットを選定する際は多数よりも、少数に対して焦点を当てていくことが重要である。

 

過度な選挙活動が10代に悪影響を及ぼしている

話は変わるが、今年新たに有権者となった18歳の高校生を校門前で政治的な主張の書かれたビラを教諭や市民団体が生徒に配るという事例が昨年から数件発生している。先ほどのような特定政党のボランティアではないにしろ、政治的に中立であるべき教育者が一方的な主張を押し付けるというのは、誠に遺憾である。10代なら簡単に騙せると思っているのだろうが、インターネットで情報の海をスイスイ泳いでいる10代にはそのような手法は通用しない。時代遅れの手法だ。

そしてこれから選挙に行こうとする生徒が「選挙って怖いな、あんまり関わりたくないな」と選挙へ行くのを敬遠することになり、10代にとって「政治」というあまりにも日常生活から遠いカテゴリーが、ますます遠のいていく引き金になる。

おわりに

積極的な政治活動を否定しているわけではない。だが、駅前でこれでもかと演説を聞かされ、選挙のビラを手渡され、一方的な主張を押し付けられようとするのであれば、これからの時代を担っていく10代の政治的関心は薄れ、ますます選挙の世代間格差が拡大する。10代の世代のためにも、彼らには健全な選挙活動をやっていただきたいものだ。

ちなみに誤解されるかもしれないので伝えておくが、僕は選挙に興味がないからこんなことをを言っているわけではない。政治には大いに興味はあるが、マスコミだけが喜ぶ”選挙というお祭り”に飽き飽きしているのだ。特に、当選時の万歳三唱は今すぐにでも止めてほしいものだ。

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