読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
MENU

都知事選の混乱を見て思う。今から思えば、石原慎太郎はある意味で偉大だった。

f:id:japan-neworder:20160715170307p:plain

都知事選の候補者が14日に公示され、自公、こころが推薦する増田氏、無所属で立候補する小池氏、民進党、共産党などが推薦する鳥越氏、他合計21人立候補した。

僕は東京都民でないので、都民の気持ちは知る由も無いが、おそらく都民からすれば、誰に投票すればいいかわからない、もしくはもはや誰でもいい、という気持ちになっているのではないか、と思う。1年で辞任を余儀なくされた猪瀬氏に続き、舛添氏も政治資金の公私混同疑惑で2年半で退陣し、都政は混迷を極めている。こうなってくると、13年も都知事を務めた石原氏は、ある意味で偉大だったのかもしれないとさえ思えてくる。

石原氏という不思議な才能を持ったカリスマ

石原氏は1999年に都知事選に当選して長年都知事を務めたわけだが、記者会見では何か気に食わない質問があると罵倒し、特に朝日新聞などの左派系のメディアには喧嘩を吹っ掛ける場面が多くみられた。なぜ、多少横暴な態度をとってもあまり咎められなかったかというと、石原氏は作家、元自民党の議員ということで、メディアとのパイプが太く、批判できない状況にあったようだ。これは、先に触れた猪瀬氏や舛添氏と事情が異なり、圧倒的に有利な立場という他はない。

では、猪瀬氏や舛添氏が石原氏と同じような立場だったら、全くメディアに袋叩きにされることなく、長期政権を維持できたのか?僕はそうは思わない。彼らは石原氏のような、ある種の強靭なメンタル、そして何より得体のしれない溢れるカリスマ性を持ち合わせていない。いつも威圧的で、人の意見に耳を貸さなかったし、反対意見にはとりあえず反論していた。こんな横暴な態度しか取らないのに圧倒的な人気を誇っていたのは、石原氏以外僕は知らない。

ちなみに言っておくが、僕は石原信者ではない。時には石原氏の意見に賛同することがあるものの、極論と思うことがしばしばだ。そして決して、発言に一貫性のある人物とは言えない。しかし、政治資金問題や、横暴な発言したとしてメディアから追及されても、一言で黙らせてしまう。常に、「俺は石原慎太郎だ。都知事だ。何が悪い。」という態度を崩さなかった。もはや、お家芸ともいえるやり方で、報道陣をねじ伏せていた。

彼の代わりのなるような存在感を持った都知事はこれから出てくるのだろうか。大阪では橋下氏が”石原節”の継承者を目指して市政に臨んだが、大阪都構想の否決で辞任を余儀なくされた。大阪都構想は彼の進退をかけて臨んだ政策だったため、否決されて辞任するのは当然のことだが、口火を切ったのが石原氏だったらどうだったか。都構想の結果が反対側に傾いていたかもしれない。やはり、石原氏の政治手法を倣おうとしても、誰もが真似できるものではない。彼は石原慎太郎だから出来るのだ。

都知事選の行方

都知事選はどうなるのか。いずれにせよ、政治資金問題が起ころうが、何が起ころうが、1年や2年で辞任するのはもう沢山だ。はっきり言えば、問題のない政治家など存在しない。誰もが何かしらの問題を抱えている。候補者のなかから、少しでも都知事にふさわしい人物が当選してほしい。もう4年後はオリンピックなのだから。

広告を非表示にする