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18歳選挙権が話題となった参議院選挙。日本の民主主義の夜明けとなるか。

政治

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今回は2つの点で歴史的な選挙となった。

1つ目は、改憲について。大方の予想通り、自公与党が大勝し、70議席獲得した。そしておおさか維新の会などの改憲勢力が獲得した7議席と合わせて、憲法改正に必要な参議院の議席3分の2以上、改選前の議席と合わせて合計165議席を有することになり、戦後から長きにわたって議論されてきた憲法改正に王手をかけた。このまま自公率いる改憲勢力が憲法改正へ着実に駒を進めるのか、それとも、民進党、共産党らの野党勢力が一矢を報いるのか。いずれにしろ、今後数年間において、日本にとって最大の関心事であることは言うまでもない。

そして2つ目は、18歳選挙権について。18歳選挙権が適用されてから、初めての国政選挙ということで、大いに世間を賑わせた。街頭演説に高校生が立ち止まって耳を傾けることがあったりと、例年の選挙とは違った光景が見られた。今回は、5つの観点から参議院選挙を振り返る。

 

10代の投票率はどうだったか

 

政治というカテゴリは10代にとってあまりにも遠く、投票率がさほど伸びないのではないか、と思っていたが、完全に僕の認識が甘かったようだ。18歳が51.2%、19歳が39.2%、10代の平均が45.45%となり、予想していたよりも高い水準だった。投票という政治的参加が、自分にはまだ尚早だと感じるのではないかと考えていたが、その心配は杞憂だったようだ。僕は20%台後半ほどの数字を予想していたため、今回の結果は予想外で、非常に満足している。メディアはあまりいい反応を示していないが、今回の選挙は、18歳選挙権にとって良い滑り出しとなったのではないかと思う。

今の10代の適応力は本当に素晴らしい。しかしながらも、これまで教育現場で生徒に政治的な活動を促してこなかったことはマイナスに作用しただろうし、まだ社会に出ていないにも関わらず、社会的責任を背負わされるのは、幾分重荷に感じたのではないか。やはり、これからの教育現場では幼少時から政治教育が必要だと考えられ、今回の参議院選挙は、政府による社会的実験だったと言わざるを得ない。これからの選挙のために、政治への参加を次の10代へ促していくことが求められる。

 

10代の投票先の動向

 

近年ネット界隈を中心に若年層の”保守化”が進んでいるが、今回の選挙でもその傾向が浮き彫りになった。10代の有権者だけを対象にした出口調査を見ると、自民党の支持率は40%を超え、民進党以下、野党の支持率は低調だ。政権与党としての自民党を客観的に評価した結果が、今回の支持率に繋がったと思われる。他世代と比べて政党支持にばらつきが出るかと思っていたが、概ね他の世代と傾向が似通っていて、あまり差は見られなかった。やはり、周囲の意見を参考にして投票したのだろうが、もっと柔軟に考えてもよかったのでは、と思っている。

はっきり言ってしまえば、上の世代の意見は左程参考にならない。テレビや新聞が押しつけている固定観念に縛られている方が多く、「これが自分の意見だ」と言い張っていても、実際にはただの受け売りであることがほとんどだ。今の10代はインターネットで意見、議論を交わす場が整っているため、自分の頭で考える機会に恵まれており、幸福な時代に生きている。もちろん、僕も今や10代ではないが、今ここでネット上で意見を述べているのだから、その幸福な人間の一人だ。今回の18歳選挙権の適用は、10代のネット上の政治的思考を促し、これからの選挙にとって大きな利益をもたらすだろう。デジタルネイティブ、いわゆる「SNS世代」である10代は、これからの選挙を、正しい方向に変えていく可能性を秘めている。

 

真の民主主義への第一歩、そしてこれまでの日本人像

 

今回の選挙は、10代にとっていささか苦しい選挙になったのではないか。10代といっても、まだ選挙権のない者、18歳以上とでは全く事情は異なるが、どちらにせよ、これからしくは今回、自分が選挙という社会的責任を背負うことに抵抗を感じただろうし、周囲の大人に選挙のことについて聞かれ、普段日常会話で取り上げないテーマに戸惑った人も多いだろう。まだ子供でいたい、という欲求と、もう少し大人にならなければならない、という自分への要求が混在し、大なり小なり苦しんだ人も多いと思われる。

 

今回の選挙に関しては数多くの賛否両論があったと推察されるが、日本社会という全体のことを主眼に置いたときに、今回の選挙はこれからの日本にとって大きな財産となることは疑いの余地はない。日本は、真の民主主義社会を実現する第一歩を踏み出したのだ。

日本の戦後約70年において、国民が積極的に政治的思考を重ねてきたとは言い難い。テレビ、新聞をはじめとするメディアが強大な権力を持ち、彼らの影響力は絶大だった。人々はただ彼らの主張に疑念を抱かず、彼らの思うがままにマインドコントロールされてきた。極端に言えば、メディアという巨大な媒体による日本人への冒涜が、これまで延々と繰り返されてきたのだ。我々はこれまで、自分で考える手段を持っていなかった。ある種、自分で考え、行動することは制限され、日本人としてのアイデンティティーが何処に存在するのか、曖昧な、判然としない有り様であった。

 

SNS、インターネットの発展とこれからの課題

 

しかし、ここ数年間は00年代から続くインターネットの普及が更に勢いが増し、若年層は当然のようにSNSを通じて互いに意見を交換し、共有する時代になってきていて、ちょっとした個人ブログの文章ですらSNSで拡散され、それに対してSNS上で意見し、思考するという行動が一般化している。特に、今の10代はデジタルネイティブと言われ、いわゆる「SNS世代」だ。情報処理能力に長けており、時代の流れを敏感に感じとっている。

 

この傾向は、明らかに前世代、いわゆる団塊世代やバブル世代と一線を画しており、近年のこういった傾向は極めて喜ばしい動向だ。長年「個人」という概念が制限されてきた日本にあって、いわば個々の意識が高いレベルに移行しようといているのは、今後21世紀の日本を明るく照らすことだろう。

一方で、ちょっとした主張によりブログやサイトが炎上したり、2chなどで個人を徹底的にこき下ろしたりする行動が見られるのは、非常に残念である。彼らにとっては自分の主張を率直に表現しているのだろうが、モラルの高い行動とは言えないし、叩かれる側、叩く側、双方にとって有益ではない。インターネットの普及からまだ10数年しか経過しておらず、一部ではまだネットに関するリテラシーが高まっていないと感じている。これも政治教育と同じく、教育現場、そして家庭での教育が必要だ。

昔、道に普通にタバコの吸い殻が落ちていたのに、最近はそのような光景があまり見られなくなった、という現象のように、人々はそれまで当たり前に行っていた習慣でも、徐々にそれを修正していくものだ。いつまでも同じ愚行を繰り返すことは決してない。日本人は高い自己改善力を備えている。飽くまで辛抱強く、改善の手を止めてはならない。

 

「思考停止」を止めなければ、日本は変わらない

 

何より大切なことは、考えないこと、人々の思考停止が社会の発展を妨げる、ということだ。日本では「考える」という行為が一般化しておらず、一人一人が親ガモについていく子ガモのように、列をなして一つの意見に同調し、自分の行動に疑問を持たない傾向がある。先頭を走っている人間がハーメルンの笛吹き男かもしれないのに、言うがままにさも「自分で考えて行動している」と錯覚し、自分と他人との区別がつかなくなり、一個人である自分を見失っている。自分はどう考えているのか、自分はどう行動するのかを明確にしなければ、各々が満足する社会を形成することは出来ないだろう。民主主義とは国民一人一人が高い認識力を持ち、それぞれが互いに建設的な見解を持ってして、初めて成立するものだ。

今回の18才選挙権の施行は、日本の将来を背負う10代が社会とは、政治とは何なのか、自分の意見を持つとはどういうことなのか、ということについて考える契機でなくてはならない。これまで日本人の中に蔓延していた思考停止状態を、必ず変えてくれると信じている。

最初は間違っていてもいい。難しいことは考えようとしなくてもいい。「みんなはこう言ってるけど、自分はこう思う!」という姿勢でいい。家族や周囲の意見に惑わされず、10代のうちから自発的に、能動的に考える、思考することが何より重要であり、その結果が良い社会、政治を造っていく。また、現在ではそうではないが、同じ社会や組織に違う意見の人々が入り雑じっていても構わないと考えている。もっとそれぞれが的確な意見を述べ、適切な結論に帰結することが、現在の日本に求められているのだ。

 

おわりに

 

数十年後に今を振り返ったときに、今回の選挙が日本の民主主義の夜明けと言われるべき、いや、言われなくてはならない。今の10代、若い世代を中心に、日本は新たなステージに突入していくのだ。日本人が長年甘んじていた、「考えない民族」からの脱却に結び付くことを期待してやまない。

 

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